雨が降ったら=Cocco


私は小学校のころ
失くし物チャンピオンだった。
とりあえず何でもかんでも
手当り次第に失し物をした。
その中でも人生最多の
“失くし物”は、傘だと想う。


朝、持って出掛けた傘が無事に
家まで辿り着いた例は少ない。
両手の自由を優先させると
傘をどこかに置くことになり、
一度放たれた両手は
傘の存在を忘れてしまう。
失くし物チャンピオンの私に
上等の傘は与えられなかった。
持ち出しが許されていたのは
家中にある傘の中で安い物だけ。
それでも私の両手は自由を求め
次から次へと傘は消えていくのに
母親は、安物の傘があると聞けば
せっせと買って備えてくれた。


ある雨の日、
私は一張羅のスカートを穿いた。
フレアのたっぷり入った
母の手製のごきげんなスカート。
玄関先で「行って来まーす」と、
声を上げた後、
いつもの傘を選ぶ手が止まった。
“こっこ用”の雑魚傘の向こうに
花柄の細い傘。
母の一張羅だ。
あぁ、なんてスカートにぴったり。
もちろん私は
花柄の傘を手に取って
雨の中へと飛び出した。
行きを切って走りながら
目を落とせば膝に踊るスカート
見上げれば美しい花柄の傘。
それはとても素敵な朝だった。
その日一日中、私は
傘から目を離さず放課後を迎え
家路に着いた。
両の手でしっかり
さした傘の柄を握って。


雨が降ったらポンポロロン。


誰もいない道の途中で
私はその“茶色”を見つけた。
駆け寄ると、死んだ犬だった。
車に轢かれた犬。
ずぶ濡れで道端に転がってた。
ずいぶん長い間
雨に打たれていたらしく
もう冷たくて硬かった。


私は、その犬に
花柄の傘をあげた。
夏を待ちわびる雨の中、
そこに花柄が咲いたようだった。
傘の下の動かない犬を残して、
私は走って帰った。
激しくなった雨は
頬をビシビシと叩く。
それに応えるように
私は両手を広げて走った。


失くし物チャンピオン。
傘を持たずに帰った私は
またこっぴどく叱られた。
あれはママの一張羅の花柄。


大人になってから
上等の傘を見つけると
迷わず買うようになった。
とびきりの花柄をママに。
あと100本買ったって
足りないぐらい
私は
傘を“失くした”から。


雨が降ったらポンポロロン。
雨が降ったらピッチャンチャン。


毎日新聞 2006年7月3日 東京朝刊