Spinning Spring=Cocco


父は日曜大工が好きでした。
お手製のちぐはぐな戸棚。
その扉をこじ開けると
家族のアルバムがずらり。
両親は私達姉妹に
山ほど写真を残してくれました。
母の作ってくれた服を着て
写真の中の私達はいつも
ひだまりの中で笑っています。


愛されていたことを
思い知ります。
私はいつだって一人で
走り出せる気がしていました。
愛された事実と愛した事実を
アルバムの中に何度も
見ることができたからです。


両親の離婚によって
そんな家族が解散したある春の日
私はアルバムからこっそり
一枚の写真を抜き取りました。
小さな私と、その手を取り笑う
まだ小さな姉の写真。
その手がなければ
右も左もわからない
甘ったれの妹を象徴する
私のお気に入りでした。


私が見てきたものは
やわらかな線と奥行が温かい
フイルムカメラの世界です。
少々難儀な作業を経て
紙の上に写し出される
その重みと正しさが好きでした。
私は写真を撮ります。
私が見た美しいものと
残酷なものを。
この目で見たすべてを
紙きれ一枚に残そうなんて
無茶なことを続けています。


デジタル化が進む中で
私のカメラを作った企業が
フイルムカメラの生産を
打ち切ることになりました。
“生き残り”とやらのために
決死のデジタル市場集中大作戦。
私はいつまでフイルムで
撮ることが許されるんでしょう。


家族みんなで暮らしてたころ
公園に向かう窓を開け放ち
父が爆音で聞いていたレコード。
晴れた日には木に登って
それを子守唄に昼寝をしたなぁ。
そのくせに今
歌うたいの私が作っているのは
もはやCD。
「お皿」なんか無くたって
世界中の何だって聞ける。
便利で機能的で哀れな話だ。


次の世代の子供たちが
家を出るときに持っていくものは
何だろう。


当り前のことに
手が届かなくなってしまうのは
あっという間。
それでも行き急ぐ未来を信じて
人はこの世界に夢を見てる。
優しすぎるね。
こんな私達にも
また春のにおいは巡り来る。


フイルムをあきらめた企業さん
私はまだ撮っています。
あなたたちが抱えきれずに
置いて行こうとしているもので
私はまだ撮り続けます。
いつかあなたが
桜の色さえ忘れたとして。
私は紙きれ一枚に
それを残しておきますね。


前に進む決断を否定はしない。
ただ失くし物は
戻らないことも確かだ。
私達はいつも
失くして初めて気付く。


パパ、ママ、ありがとう。
あのアルバムたちは
今どこで、元気ですか。
お姉ちゃん。ありがとう。
いつも手を引いてくれたこと。
ありがとう。


私は元気です。
また春がきたよ。


毎日新聞 2006年4月3日 東京朝刊


Coccoが毎月第1月曜、東京の毎日新聞朝刊に掲載してるコラムです。
毎日Webに過去のキャッシュがないので記録しておきます。